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激闘!運転7 時間

朝8時過ぎに出発。
高速に乗る頃には既に浦和料金所、
その先の加須あたりで渋滞中だと知る。

案の定、浦和料金所手前から大渋滞。
電光掲示板には宇都宮まで2時間以上との表示。
蓮田を過ぎ、トイレに行きたくなり、
羽生に寄るかと思っていたんだが、
羽生出口付近でまた大渋滞に巻き込まれる。
これはマズかろう。ということで高速を下りる。

道すがらコンビニを発見してトイレを借りる。
なかなか前の人が入れずにいたのでしばらく待ったが、
ドアを叩いても反応が無いので店員さんを呼んだ。
鍵を開けてもらうと誰も居なかった。
俺の前の人、よほど我慢強かったとみえる。

そこからは栗橋、古河あたりを抜けて新4号へ。
高速を下りるまで1時間半。下りてから新4号まで1時間。
さらに新4号を北上して宇都宮まで1時間。
途中、ホームセンターとコンビニでトイレ休憩し、
都合、往路3時間半掛かった。

まずは母の待つ病院に行くと、母は驚きながらも
喜んだようだった。洗濯物を引き取って外へ。
ちょうど兄も宇都宮に着いたらしく、
お世話になった施設まで荷物を引き取りに行った。

コインランドリーを見つけて洗濯物を放り込み、
隣りのスーパーでお昼を買って駐車場で食べた。
洗濯物を乾かし、兄と合流。
薬局でオムツと尿取りパッド、
しまむらでパジャマを買って再び病院へ。

母は兄が来たときはいつも寝ていたらしく、
今日は起きて話も出来たので、兄はかなり安堵した様子。
その後、お墓参りに行き、宇都宮駅まで兄を送って、
さあどうする?と迷ったが、
結局新4号を上ることにした。

帰りもある程度覚悟はしていたが、
やはり道幅が狭くなる場所では渋滞が発生する。
途中、五霞の道の駅とコンビニでトイレを借り、
3時間20分程で帰宅。
日中11時間半の間、7時間程運転していた計算だ。
さすがに疲れ申した。

見舞いに行って遭難

お袋が肺炎に罹ったと一昨日書いたが、
実は今入っている施設から救急車で搬送されていた。
当日駆け付けた兄によると命に別状は無く、
意識もあって、こちらも認識しているようだ。

とはいえ、急変することも無くはないので、
昨日はハラハラしながら現場に臨んだ。
連絡が何も無くてホッとした次第。

電車で宇都宮に着き、岡本にある病院までクルマ。
ナビによると30分弱のようだ。
午後から崩れると聴いていたが、まだ青空だった。
初めて行く病院で、土地勘も無く、
それでも割とすんなり辿り着けた。

入り口は大したことなかったのたが、
中に入ると驚くほど広い。
廊下に出たら、向こう側が霞むくらい長い。
外来も来るんだろうが、入院患者も相当居そうだ。

表示に従って病室に辿り着くと、
母を目の前にして、病室で立ち働く看護師さんから
書類を書いてくれ。と言われる。
これは昨日兄からも頼まれていたが、
酸素吸入器を外そうとするので、
両手を拘束してもよいという同意書なのだ。

まだ顔も見てないのに何だ?カチンと来てしまい、
「先にあいさつしていいですか?」と、
いささかぶっきらぼうに言ってしまったが、
相手も食事の世話をしているところなのでバタバタで、
「いつでもいいですよ」と普通に返してきた。

それでやっとご対面となった訳ですが、
酸素吸入器が痛々しい。
鼻にチューブかと思ってたが、マスクだった。
身体をよじってベッドに繋がれた手を器用に使い、
あごの部分から出ている袋を指先で手繰り寄せ、
繰り返し外そうとしている。
あまりに必死なので、見ていて辛いのだが、
新鮮な酸素を送り込まないと治るものも治らない。
外しちゃダメだって!と、何度言ったことか?

その内買い物リストがあることに気付き、
看護師さんに訊くと下の売店で揃うと言う。
でも、お高いんでしょう?と思い、
クルマで出る気になっていたのだが、
この辺の店も分からないし、探す手間も省けるので、
ここで揃えた。案の定、10000円近く掛かった。
思わず何がそんなに高いんですか?と尋ねたら、
おむつと口の中の渇きを軽減するクリームが高かった。

長く居てもかえって負担になりそうなので、
1時間くらいで出てきた。
叔父の家に寄って入院時のお礼と病状の報告。
県北の方で豪雨になっていると従兄が言うので、
こちらもお茶一杯いただいて辞去した。

そして、帰りの電車が災難に遭う。
宇都宮を出てすぐに降り出した雨は次第に強まり、
栗橋駅で落雷によるポイント故障で停車。
手前の古河でしばらく待っている間、
豪雨と雷がバンバン降り注ぐ。マジでバンバン!
この電車に落ちたら?と、生きた心地がしない。
ひと駅進んで更に1時間程待ち、トホホ。

もし、宇都宮を出るのがあと1時間遅ければ、
新幹線による代替輸送という手もあったはず。
東武線は?と調べたら、こちらも全線不通だった。
最終的に1時間25分遅れとのアナウンスあり。
この天気、ホントに勘弁していただきたい。

連絡

今朝「連絡」という短いタイトルのメールが兄から来た。
いつも週末のお袋のお世話の前に、
今週の懸案事項のおさらいが入るのだが、
タイミング的にも、タイトル的にも変だ。

なんて、瞬時に分かるはずもない。
施設からお袋は肺炎の疑いがあると連絡があって、
地元の叔父が行ってくれたらしく、連絡待ちだとのこと。

後々分かることだが、誤嚥性(ごいんせい)肺炎といって、
食べ物を飲み込む時に謝って気管に入ってしまい、
そこから引き起こされる肺炎で、
咳き込んで異物を吐き出す力のない高齢者に多いという。

抗生物質で治り、現在の病状も重篤ではない、と、
仕事を休んで様子を見に行った兄からの連絡で分かった。

そんな中、休めない俺は、暑い倉庫の中で
提灯と格闘していた。
そして、今夜から入って明日本番の現場のため、
取ってもらったホテルに倉庫から直行し、
シャワーを浴びた。

その後、時間が余っていたので会社に戻り、
今日の提灯の整理をしてメールして、
日高屋でニラレバ炒めを食べて現場に向かう。

やっぱり、仕事中に一度シャワー浴びるなんて
なかなか無いことだけど、
かなり気分がリフレッシュ出来たし、新鮮!
お試しアレ!

ラストダンス

今日は16時から打合わせ。虎ノ門に向かう。
打合わせ自体は1時間で終了。
毎年やってる現場だが、また今年も大変そう。

実は今日は娘のバレエの発表会である。
演目は「眠れる森の美女」で主役だと言う。
長くやっているので、白羽の矢が立ったのか?
ともかく、このところ部活と並行して練習していた。

場所は王子の北とぴあだ。
新橋まで歩いて、そこから京浜東北線で一本。
移動は楽だった。
会場の目の前に花屋があって、ブーケを楽々ゲット。
中は多少分かりにくかったが、
目的の部屋に辿り着いたところ、
既に第一部はスタートしていた。

最初の方は小さい子がメイン。
一所懸命に踊る姿がとても微笑ましい。
うちの娘も昔はこんな風だったなあと思う。

息子がミニバスをやる代わりに、という訳でもないが、
娘にはピアノとバレエを習わせていた。
一瞬ヒップホップダンスも習いに行ったが続かなかった。
踊ることは好きみたいで、ピアノは辞めても
バレエは続けていた。
しかし、中学に上がり、部活に入ると
両立は難しく、バレエは今回で辞めることにした。

そんな訳で今回の発表会でバレエは卒業。
いよいよ第二部、ホントにうちの娘が主役だ。
なんか信じられない。
発表会の機会は2年に一度。多い機会ではないが、
以前より踊りもずいぶん上手くなっていると感じた。

大人になってから再開する人も多いと聴くバレエ。
さて、うちの娘はどうだろうか?
まずはお疲れ様でした。

わずかな夏休み

今日、明日と休んで田舎に帰る。
おまけに明後日の朝一番で河口湖に乗り込む。
そんな強行スケジュールを組んだ。

お盆休みでラッシュだよ。と報道機関は告げている。
この前の土日がピークだったという説もある。
今日からお盆なので、会社によっては先週末から
早めのお盆休みに入ったところもあるのだろう。

うちのカーナビでは渋滞情報が表示されないので、
昨夜スマホに「渋滞ナビ」というアプリを入れてみた。
GPSを利用した現在地及び渋滞情報が分かる地図、
道路図上に渋滞情報を反映したもの、渋滞情報一覧、
という3つのモードで構成される。

地図画面では上が常に北、とドライブモードで
常に進行方向が上、が選べる。
高速道路だけじゃなく、一般道の渋滞情報も分かり、
タップしただけでそれら全てが瞬時に切り替わる。
これで無料なんだからカーナビ売れないよね。
行き先が分かってればこれ点けてりゃ済むんだもん。

さて、途中SAの辺りで毎度渋滞に巻き込まれながら、
いつもより1時間ほど多く掛かって宇都宮に到着。
狙って歌えそうな曲が入っている古めのCDを
持ってきたので飽きなかった。

お寺で墓掃除をして、お袋の待つ施設へ。
後回しにしたら混んじゃうかも?と、先にお昼。
戸田にすしおんどが無くなって以来、
なかなか行く機会の無い回転寿司へ。

いつもみたいに俺ひとりでは無いのでお袋は喜んだ。
しかし、30分も話し込むと疲れるのか、
そろそろ行けとしきりに言うようになる。
こちらもこの後、実家に寄って、親戚2軒回って
と盛りだくさんなので、提案に従って出る。

叔父の家に寄って、お線香をあげた後、
実家の仏壇に花を供えてお線香をあげる。
束の間、空気の入れ替えを行い、隣に挨拶し、
別な叔父の家に寄ってお線香をあげた。

その後、今度は義実家に向かう。
義実家の7人に加え、義妹も子連れで2人、
総勢10人に迎えられる。
近くの叔父さん親子が現れ、お墓にお迎えに行く。
その後は酒盛りである。18時過ぎにはもう酔っ払う。

食事が済んだ頃、義弟も帰ってきてまた飲む。
本当によく飲む(笑)。
明日は何時に出るかまだ分からないが帰る予定なので、
早々に寝ることにした。

ここはかつて・・・

神谷町での打ち合わせの帰り。
次の打ち合わせまでまだ間があるので、
お昼でも食べますか?という話になった。

あそこ行ってみましょうよ。とMさんが言う。
虎ノ門パストラル跡地に出来た、
モリトラスト・ガーデン「TORA4」である。

ホテル自体は儲かっていたのに、
大元の資金源である農林年金が破綻したために、
地所を売り渡して年金の支払いに充てることになり、
そのために潰れてしまった虎ノ門パストラル。

兄は大学卒業後、四半世紀ここに努めた。
俺はその縁もあってここで友人たちを集めて
結婚式の二次会というか、パーティーを開いた。
仕事で遅くなり、部屋を取ってもらい泊まったこともある。
庭園を見渡す、もったいないくらいのいい部屋だった。
仕事で近くまで行ったついでに、
兄を訪ねてランチをおごってもらったことも。

そんな思い入れたっぷりの場所なので、
行ってみたい気もしたが、反面行きたくない気もした。
以前、同僚Hちゃんから、
何も無くなっちゃっててビックリした。と言われた。
あの時も、ああ、そうかもう無くなっちゃったんだな、
と無力感に捕らわれた。
目の当たりにしたら相当凹むだろうなあ。

行ってみると、玄関に向かうスロープはそのままだった。
ビアホールとか映画館、フットサルコート、貸し農園、
何も無くなってしまった場所に、
無理矢理詰め込んだようにしか見えなかった。
ここを今現在生活の糧としている方には申し訳ないが、
俺にとってはただただ虚しさが広がるばかりであった。

まあ、これだけ浮き沈みの激しい世の中なので、
ずっと安泰なんてことはあり得ない。
それがたまたま身内に起こってしまっただけのこと。
そう割り切れなくもないが、なんともやりきれなかった。

ホイッスル

息子が小二から始めたバスケを引退する日が来た。
小学校5年間、中学に入って足かけ3年(実質2年強)、
長かった8年間の選手生活。
まあ、実質試合に出させてもらえたのは5年生からで、
そこから数えると4年と少しなのだが。

ミニバス時代は近隣の小学校との練習試合や公式戦、
遠征試合や関東大会にも応援に行った。
親たちがボランティアでクルマを出し、
子ども達を乗せて現地まで運び、応援して帰ってくる。
そんな日々が続いた。

中学でも以前はクルマを出していたらしく、
我が家もそれがあってデカいクルマに乗り換えたのだが、
何があったか知らないが、
レギュラーになる以前にクルマ出しは無くなった。

仕事と遠隔介護を抱えつつ、応援していた日々だったが、
クルマ出しが無くなった結果、応援から足が遠のいた。

息子が1年の時は当然試合に出る機会も少なかったし、
公式戦の後は内容がどうだった?とか聴く程度だった。
しかし、去年の今頃、先輩が引退すると、
スタメンになり、試合に出る回数も増えたようだ。

もう3年だし、そろそろ引退という春先になって、
これはそろそろ観ておこうという気になった。
2市大会を勝ち進み、南部地区優勝。
今日は県大会である。

1回戦は勝った。息子も試合に出る機会があった。
大して活躍も出来ずに下げられた。
2回戦は長めに出してもらえ、
フリースローで4回中3回入れたと聞いた。
46対80の大差で負けたが、悔いはないだろう。
いや、あるか?

ともかく、8年間お疲れさま。
バスケットボールを通じて得た何かが、
この先の人生で必ず役に立つものと信じている。

目ん玉とカレールゥ

今日も宇都宮に行ってきた。
朝は少し遅めの11時3分着の快速。
宇都宮駅に着いて、バス停に向かう途中、
ろまんちっく村の広告が載っているオブジェが目に入る。
そこに大きな目玉の絵が飾ってあるのに気が付いた。

いつも気にならないのに、
今日はたまたま宇都宮っぽい風景を撮るかと、
対象物を物色していたからだろうか、
三角形のオブジェに目玉って、フリーメーソンかよ?!
などと鼻で笑う。

しかし、よく見たらその三角形の下に、
でかい大谷石の石組みがあるのが見えた。
大谷石というのは宇都宮の特産物で、
明治以降の著名な建造物にはよく使われている石だ。
フリーメーソンといえば、石工の組合が出発点である。
でも・・・いや、まさかなー。

母の施設に行って洗濯。終わるまでの間に食事。
今日はスーパーたいらやのカレー(298円)を食べた。
盛りつけすぎてふたが閉まらず、
その状態でかごに入れてレジまで運んだら、
ルゥがポタポタと垂れてきた!

レジを待つ間もずっとポタポタが止まらず、
自分の板になってレジの子(20歳くらい)に
「ごめんなさい、ルゥこぼしました」と
思いっきり小さい声で告げた。
女の子は黙って台を拭き、厳重に包装してくれた。
このまま消え入りたいくらい恥ずかしかった。

店内の飲食スペースが埋まっていたので、
厳重に包装されたカレーをクルマに持ち帰って食べた。
ものすごく暑く、汗だくになった。

食後にブックオフをチラ見して、
同じ敷地内のワンダーグーへ。
リニューアルオープンしたらしく、
古本屋は無くなっていたが、中古CDコーナーが充実。
というか、値付けがいろいろとおかしくて、
なかなか中古で出回らないものや、
今年出たばかりのアルバムを315円でゲットできた。

俺は買わなかったが、イエス「こわれもの」の
紙ジャケ仕様も同じ値段だった。
あれは「買い」だったなあ。

母の元に洗濯物を届け、おしゃべりして墓参りへ。
その辺りからいよいよ気温は暑く、
墓場に着いた15時半くらいがピークだったかと思う。
途中花を買っていったが、地元の叔父が行ってくれたのか、
あるいは先週行った兄が供えた花か、
それらを一部残して自分の花も供えた。

結局、帰りも接続が悪くて17時半過ぎの快速に乗り、
戸田に着く頃には19時を回っていた。
それにしてもあの趣味の悪い目玉は何だったんだろう?

みたび横浜へ!

今年は横浜づいている。
5月末から6月頭にかけての出張。その2週間後に法事。
つい先日、10月の山下公園でのイベントも決まり、
その際も4、5日は泊まりになりそうだ。

前回の出張で、たまたま昔つるんでいた仲間が、
横浜で同じような仕事をしているのが分かったので、
横浜の事情について色々と教えを請うていたのだが、
向こうも自分達の自主興行について意見を聴きたいと、
前回集まったメンバーに招集がかかった。

ここしばらく東京は過ごしやすい気温が続いているが、
横浜はなぜか蒸し暑かった。
18時に前回飲んだ伊勢佐木町の店で待ち合わせ。
少し時間があったので、ブックオフに寄る。
MARIONのセカンドはまだ見つからない。
代わりにMANSUNのセカンドがあったので即買い。

18時ちょうどに店の前に居たら、Tから電話が来た。
今、関内駅に着いたのでもうすぐ着くと言う。
続けざまにMからメール。
こっちは渋谷から戻るところでみなとみらいだと言う。
Tも来たので店に入ってまずはビール。

Mが来る前に今回の企画についてのおさらい。
長年やってきたイベントだが、去年から自分が関わり、
内容を見直したところ見事にハマって大成功。
またやらないのか?という声をあちこちで聴き、
二日間にスケールアップしてこの秋開催することになった。

そこまで話したところでMがやってきた。
Mは近所に住んでいるので、
わざわざ俺がやって来たことに驚いた様子。
どんなビッグプロジェクトなんだよ?と笑う。

まあまあ。と座らせて三人で改めて乾杯し、
もう一度頭から話しをするT。
Mはふんふんと話を聴いて、的確な質問を投げ、
アドバイスもし、採算分岐の話もする。

お前、いつからそんなに頼れる男になった?(笑)。

だいたい話がまとまったところで昔話に花が咲いた。
当時俺たちのライブハウスに出ていたメンバーで、
誰もが認める天才ギタリストYがいたのだが、
ヤツがTの家に泊まった時、俺は何でも聴くから
オススメのアーティスト何か聴かせてくれと言われ、

「あいつ、ヴァン・ダイク・パークスとか聴くから
なめられちゃいけねぇって思ってさ」
確かブルースギタリストの名前を挙げたはずだが失念。
オーティス・レディングだったかな?
そういや、Yは我が家でもレコード漁っていたなあ。

そのうちギター談義となり、Yのバンドの曲を挙げて、
「あれどうやってんの?って訊いたらさあ、
あいつ、ああ、あれはって、普通こうするところを
ここの指離すんだよね。そんなのどこから?
って訊いたら、プリンス一派のTHE TIMEの
ナントカってギタリストだっていうんだよ。
俺なんかパンクだから、こいつスゲーって思った。」

それから当時の従業員の話、出演者の話、
(この手の話をしている時が一番盛り上がった)
4時間半くらい話してまだまだ話が尽きなかったが、
俺の終電もあってお開きとなった。
肝心のイベントの話はヘッドライナーのブッキング次第、
ということで来週に持ち越しとなった。

ロックに出会えたことでドロップアウトもせず、
何とか真っ当に生きて来られた。
だからロックに出会えた街、横浜に恩返ししたい。
そんなTの思いが詰まったこのイベント。
是非、成功させたい。

今宵、上野のバーで

上野広小路から不忍池に掛けて広がる飲み屋街。
いつ行っても客引きがスゴい。
かつての仙台国分町であるかのような騒がしさだ。
しかし、ひとつ入るとそこには喧騒を離れ、
落ち着いた雰囲気のバーがあったりする。

店の名前は「SARU」。
木製のドアを開けて中に入ると、
白いモルタル塗りの壁に木製のカウンター。
ひじょうにいい佇まいである。
だが、所々に猿の飾り物があるので、
「サルー」とかじゃなくて「サル」なんだと分かる。
このカッコ良さと店名は絶妙なバランスだと思う。

今日はここで4月に亡くなったHさんを偲ぶ会を行う。
先客は映像作家のIやん、音響Kのちゃん。
いずれも演出家だったHさんとは馴染み深い。
実はこの店の店長さんはIやんの幼馴染み。

俺も過去に2回ほど来たことがあるが、
今日俺と一緒に来たMさんと、Iやん、Kちゃんとで、
Hさんとここに何度か来たことがあるらしい。
そんな経緯があって、今日ここに集まった。

そのうちM沢さんも現れた。
M沢さんとはいつも音楽の話になってしまうが、
今日は控えめに。
だが、関係ない話をしながらも、
いつしかHさんの話になっているという、
自然な流れが出来ていた。
意識下に何かが働きかけていたのか。

飲んだ順に生ビール、ラム、モヒート、シングルモルト、
ラムをグレープフルーツで割ったカクテル。
あれ?なんか意外に飲んでたな。
23時近くなって誰からとも無くお開きとなり、
俺は後から来たOさんに捕まり、
飲み足りないKちゃんと三人ではしご酒。
その2次会ではHさんの話も出なかったような…。

Hさん、こんな俺たちでも許してくれますか?
でもおかげでいい飲み会でした。ありがとう、Hさん。

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